大阪地方裁判所 昭和54年(ワ)7627号 判決 1982年5月21日
原告
上田壽子
ほか四名
被告
株式会社名畑
ほか一名
主文
一 被告両名は各自、原告上田壽子に対し、一五五万九一三九円及びうち金一四一万九一三九円に対する昭和五一年一一月二七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を、原告上田佳保、同上田憲正、同上田委代、同上田薫各自に対し、三八万九七八四円及びうち金三五万四七八四円に対する昭和五一年一一月二七日から支払ずみまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。
二 原告らのその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを五分し、その一を被告らの、その余を原告らの負担とする。
四 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実
第一申立
一 原告ら
1 被告両名は各自、原告上田壽子に対し、七七六万八二〇三円及びうち金七〇六万八二〇三円に対する昭和五一年一一月二七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を、原告上田佳保、同上田憲正、同上田委代、同上田薫各自に対し、一九四万二〇五〇円及びうち金一七六万七〇五〇円に対する昭和五一年一一月二七日から支払ずみまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
3 仮執行宣言
二 被告ら
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二主張
一 請求原因
1 事故の発生
(一) 日時 昭和五一年一一月二七日午後二時二五分ころ
(二) 場所 大阪市大淀区中津本通一丁目五番地先交差点
(三) 加害車 普通貨物自動車(六大阪ら一五〇一)
右運転者 被告杣本靖二
(四) 被害者 亡上田信夫(以下、亡信夫という)
(五) 態様 亡信夫が前記番地先交差点を自転車に乗つて東から西へ横断中、北から南へ進行してきた被告杣本運転の加害車が一時停止せずに同交差点に進入し、同車前部を亡信夫の自転車後部荷台に衝突させて亡信夫を自転車もろとも跳ねとばしてコンクリート橋脚にぶつけた。
2 責任原因
(一) 運行供用者責任(自賠法三条)
被告株式会社名畑(以下、被告会社という)は、加害車を所有し、自己のため運行の用に供していた。
(二) 使用者責任(民法七一五条一項)
被告会社は、被告杣本を雇用し、同被告が被告会社の業務の執行として加害車を運転中、後記過失により前記事故(以下、本件事故という)を発生させた。
(三) 一般不法行為責任(民法七〇九条)
被告杣本は、交差点進入に際し、前側方不注視の過失により本件事故を発生させた。
3 損害
(一) 受傷、後遺症等
(1) 受傷及び治療経過
亡信夫は、本件事故により、頭部外傷Ⅰ型、腰部捻挫傷、左肩・左背挫傷等の傷害を受け、昭和五一年一一月二七日から昭和五四年一一月ころまで通院し、治療を受けた。
(2) 後遺症
亡信夫には、前記受傷により、自賠法施行令別表後遺障害等級表九級相当の腰部の機能障害、下肢のしびれ、陰茎の勃起不能等の後遺障害が残存するに至つた。
(二) 損害額
(1) 治療費 一九九万五六八二円
(2) 休業損害 五二六万六二〇〇円
亡信夫は、酒類の小売店を営んでいたが、本件事故による前記受傷のため一年間休業を余儀なくされ、また、就労を始めてからも、以前は相当重量のある商品の運搬ができたのに、重量物の運搬ができなくなり、従前の五〇パーセント相当しか稼働することができなくなつた。そこで、亡信夫の休業損害を同年齢者の平均賃金を基礎に一年分は全休として、二年後はその半分として算定すると右金額となる。
(3) 将来の逸失利益 二八二万一五二四円
亡信夫は、前記後遺障害のため、腰に負担のかかる荷物の上げ下ろしが一切できなくなり、体力的に可能な仕事は店番しかできなくなつた。したがつて、同人は少なくともその労働能力の三五パーセント以上を喪失したものであるところ、同人は昭和五六年六月一六日死亡したので、その間の逸失利益を期間二年半として算定すると右金額となる。
(4) 慰藉料 四〇〇万円
ただし、通院慰藉料一四〇万円、後遺症慰藉料二六〇万円の合計額。
(5) 物損 五万三〇〇〇円
ただし、自転車使用不能による損害。
(三) 相続
亡信夫は、本訴提起後、昭和五六年六月一六日死亡したので、相続人である原告らは、亡信夫の被告らに対する損害賠償請求権を法定相続分に従つて次のとおり承継した。
原告上田壽子 七〇六万八二〇三円
同上田佳保、同上田憲正、同上田委代、同上田薫各一七六万七〇五〇円
(四) 弁護士費用
原告上田壽子 七〇万円
同上田佳保、同上田憲正、同上田委代、同上田薫各一七万五〇〇〇円
4 本訴請求
よつて、被告両名各自に対し、原告上田壽子は、前記(三)、(四)の合計金額七七六万八二〇三円及び弁護士費用相当額七〇万円を除く七〇六万八二〇三円に対する本件事故発生の日である昭和五一年一一月二七日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を、原告上田佳保、同上田憲正、同上田委代、同上田薫は、それぞれ前記(三)、(四)の合計金額一九四万二〇五〇円及び弁護士費用相当額一七万五〇〇〇円を除く一七六万七〇五〇円に対する前同日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否及び主張
(認否)
1 請求原因1のうち、(一)ないし(四)は認めるが、(五)は争う。
2 同2のうち、(一)は認める。(二)は過失の点を除き認める。(三)は争う。
3 同3は争う。
(主張)
1 本件事故と亡信夫の後遺症との因果関係
亡信夫には、加齢等による変形性脊椎症が存したところ、同人は本件事故の際腰部を打撲していないうえ、同人の腰痛が発現したのは事故後相当の日時が経過してからであるから、同人の腰痛が本件事故によるものといい得るかきわめて疑問といわざるを得ず、仮にこの間の因果関係が肯定されるとしても、右後遺症に対する本件事故の寄与率三〇パーセントを越えるものではない。
また、本件事故態様、亡信夫の負傷状況及び昭和五二年五月ころ以降の同人の主訴は陰萎であつたこと等に照らすと、昭和五二年五月ころには同人の症状は固定していたものと認めるべきである。
2 休業損害
亡信夫は、事故のあつた日から稼働しており、その後も店を休んだことはなく、店頭での簡単な仕事を継続していたものであるから休業損害はない。
3 物損
自転車に損害は全くない。
4 過失相殺
本件事故は、被告杣本が本件事故現場の交差点の手前で一時停止をした後、最徐行して同交差点に進入したところ、亡信夫が飲酒したうえ、キープレフトの原則を遵守せず、下り坂になつている交差点にノーブレーキのまま進入してきたため、被告杣本において直ちに制動措置をとつたが間に合わず、加害車が停止する直前か直後の状態でその左前照灯下部と亡信夫の自転車後部荷台の右側とが接触し、亡信夫の自転車は四、五メートル進行して橋脚に衝突し転倒したというものである。したがつて、本件事故の発生については、亡信夫にも飲酒運転、キープレフトを守らなかつた点、下り坂の交差点にノーブレーキで進入した点等の過失があるから、損害賠償額の算定にあたり過失相殺されるべきである。
5 損害の填補
被告らは亡信夫に対し、治療費として一九万四三四〇円を弁済した。
三 被告の主張に対する原告の反論
1 本件事故と亡信夫の後遺症との因果関係
亡信夫は変形性脊椎症様の身体的変化を有していたとはいえ、本件事故が誘引となつて腰痛等の後遺症が発生したのであるから、亡信夫の右後遺症に対する変形性脊椎症の寄与率ないしは因果関係の証明度に応じて割合的に因果関係を認めるべきではなく、むしろ被告らにおいて、亡信夫が本件事故に遭わなかつたとしても本件腰痛等が発生したことを証明できない限り、腰痛等の後遺症と本件事故との因果関係は一〇〇パーセント肯定されるべきである。
2 過失相殺
本件事故は、亡信夫の乗つた自転車と被告杣本の運転する加害車とが前方の見通しの困難な交差点で出合頭に衝突したというものであるが、亡信夫の進行していた道路の幅員は五・五メートル、一方被告杣本の進行していた道路の幅員は三・八メートルであるから、道路交通法上も亡信夫の進行していた道路が明らかに優先道路であり、また衝突状況からみても、加害車の左前部がスピードの遅い自転車の後部荷台に衝突しているのであるから、亡信夫の自転車が先に交差点に進入していたことが明らかであり、そうすると、被告杣本は本件交差点の手前で一時停止をしなかつたか、仮に一時停止したとするも前方を注視していれば容易に自転車を発見しえたというべきであるから、本件事故は被告杣本の一方的過失で発生したものといわざるを得ず、亡信夫にはなんらの過失もない。
3 損害の填補
被告らが亡信夫に対し、治療費として一九万四三四〇円支払つた事実は争う。
第三証拠〔略〕
理由
第一事故の発生
請求原因1の(一)ないし(四)は当事者間に争いがなく、同(五)の事故の態様については後記第二の三で認定するとおりである。
第二責任原因
一 運行供用者責任
請求原因2の(一)は当事者間に争いがない。したがつて、被告会社は自賠法三条により、本件事故により生じた原告らの損害を賠償する責任がある。
二 使用者責任
請求原因2の(二)は、過失の点を除き当事者間に争いがなく、過失の点については後記三で認定するとおりであるから、被告会社は民法七一五条一項により、本件事故による原告らの損害を賠償する責任がある。
三 一般不法行為責任
1 前記第一の争いのない事実に、成立に争いのない乙第一、第二号証、原告上田信夫、被告杣本靖二各本人尋問の結果(いずれも後記措信しない部分を除く)並びに弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。
(一) 本件事故現場は、国鉄貨物線の東側に沿つて南北に通じる幅員三・八メートルのアスフアルト舗装道路(以下、本件道路という)上で、本件事故現場付近で、ほぼ東西に通じる幅員五・五メートルの道路(以下、東西道路という)と交差して十字型交差点(以下、本件交差点という)をなし、更に交差点の西側は国鉄貨物線が高架となり、東西道路と立体交差している。東西道路は、交差点から東方約三〇メートルの間が約一〇〇分の二の下り勾配となつているが、交差点から西方は平坦である。本件道路は前方の見通しは良いが、交差点入口付近では西側に国鉄貨物線の鉄橋の橋脚が、また東側には道路に沿つた石垣と建物があるため左右の見通しは良くなく、東西道路も前方の見通しは良いが、交差点入口付近は道路の両側に石垣及びその上に金網が設けられているため左右の見通しは良くない。東西道路の交差点の西方は前示のとおり国鉄貨物線の鉄橋が道路上を跨いでおり道路の北と南に鉄橋の橋脚があつて、橋脚の間は幅員六メートルの自転車道となつて更に西方に通じており、自転車道の両側、すなわち橋脚の北側と南側には幅員二メートルの歩道が設けられている。本件道路の交差点入口付近の北東と南西の隅には直進指定方向外進行禁止の標識が設置してあり、また東西道路は歩行者・自転車道で終日規制となつている。なお、本件交差点に信号機はなく、事故当時、付近路面は乾燥していた。
(二) 被告杣本は、酒類の卸・小売等を業とする被告会社の従業員であるが、事故当日の午後二時二五分ころ、被告会社の倉庫から本店に行くべく加害車を運転し、これまでにも通つたことのある本件道路を南進して、本件交差点に入りかけた付近で一時停止をし、再び発進して約二メートル程進んだところで、自車の左前方約三・三メートルの東西道路の中央よりやや南寄りの地点を自転車に乗つて坂道を下つてくる亡信夫を発見し、直ちに制動措置をとつたが及ばず、本件交差点のほぼ中央付近で自車左前部前照灯下部を亡信夫の自転車の後部荷台右側部に接触させ、亡信夫の自転車をそのまま西南方向に約五・一メートル逸走させて、前記鉄橋の南側の橋脚に衝突させ、同人を自転車もろとも路上に転倒させた。一方亡信夫は、酒類の小売業を営むものであるが、事故当時、得意先を回つて店に帰る途中自転車に乗つて東西道路を西進して本件交差点の直前辺りまで下つてきたとき、本件道路を南進してくる加害車を発見したが、同車との衝突を回避する暇もなく加害車と接触し、そのまま約五・一メートル西南方向へ逸走して橋脚に衝突して路上に転倒した。
以上の事実が認められ、原告上田信夫の供述中、ブレーキをかけながら坂道を下つてきたとの部分及び加害車を発見した時点でブレーキをかけたとの部分は、被告杣本が本件交差点内に進入しかけた地点で交差道路の左方を確認したとき同人から自己の姿を発見されていないこと、並びに亡信夫が加害車に接触された後その場に直ちに転倒せず、接触地点から更に五メートル余りも西南方向へ進んで橋脚に衝突している情況に照らして直ちに措信し難いものといわざるを得ず、仮に、ブレーキをかけて坂道を下つてきたとしても、いまだ十分制動が利いておらず、亡信夫のブレーキのかけ方が十分でなかつた疑いを否定することができない。また、被告杣本靖二の供述中、交差点に入りかけた地点で一時停止した後、時速二、三キロメートルで発進したとの部分は、(一時停止をしたことは前示のとおり認定し得るが)亡信夫を発見して停止するまでの制動距離(約一・四メートル)に照らしてにわかに措信し難く、亡信夫がビールを飲んだうえ自転車を運転していたとの部分も、他にこれを支えるに足りる証拠がないことに徴してたやすく措信し得ず、他に前記認定を覆すに足りる証拠はない。
2 右1の事実関係のもとにおいては、被告杣本としては、東西道路(左右道路)が坂道であるうえ、交差点入口付近での東西道路の見通しが良くないのであるから、このような交差点に進入する場合には、坂道を下つて交差点に進入してくる車両のあることを予測し、徐行することはもとより、左右の安全、就中、左方から坂道を下つてくる車両の有無に十分注意して進行し事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるのにこれを怠り、一時停止したものの、左方道路から進入してくる車両の有無、動静に十分注意することなく交差点内を進行したため、亡信夫の自転車が自車左前方約三・三メートルに接近するまでこれに気付かず、本件事故を招来したことが認められるから、同被告は民法七〇九条により、本件事故により生じた原告らの損害を賠償する責任がある。
第三損害
一 受傷、治療経過及び後遺症等
証人小田義明、同大石昇平の各証言、原告上田信夫本人尋問の結果及びこれにより真正に成立したものと認められる甲第四、第五号証、第九号証の一ないし五〇、第一〇号証の一ないし一〇、第一一号証の一ないし二三、第一二号証の一ないし四七、第一三号証の一ないし三、第一四号証、弁論の全趣旨により成立を認め得る甲第一五号証の一ないし三、第一六号証の一ないし一七、成立に争いのない甲第三、第六、第七号証及び乙第四号証の一ないし五、第五号証の一ないし五、及び鑑定の結果によると、次の事実が認められる。
1 傷害
頭部外傷Ⅰ型、左側頭部打撲症、左肩関節部・左手背打撲症、腰部捻挫傷
2 治療経過
昭和五一年一一月二七日から同五三年一一月一四日まで行岡病院に通院(内治療実日数四五六日)。
昭和五二年八月二六日から同五六年六月一一日まで岩橋クリニツクに通院
昭和五三年九月二八日北野病院に通院。
昭和五三年一一月三〇日から同五四年一〇月三〇日まで大阪回生病院に通院。
昭和五四年一一月二六日から同五五年九月一八日まで西淀病院に通院。
3 後遺症
亡信夫には本件傷害のため後遺症として、腰部痛、回旋時の頸部痛、右下腿、足部知覚鈍麻、歩行時足関節痛、陰茎の勃起不能等の症状が残存し、レントゲン写真上、第二、第三腰椎及びその他の腰椎々体前縁や第五、第六頸椎々体後方に骨棘形成が認められるほか、筋電図上も前脛骨筋、長拇指伸筋、腓腹筋等の下腿筋及び大腿直筋などに神経原性の軽度の変化が認められる。また右側大後頭神経に圧痛点が認められ、右下腿から足先まで知覚鈍麻が認められるが、振動覚、位置覚は正常である。両下肢の各関節の可動領域も正常であり、レントゲン写真によつても足関節に異常はなく、陰茎の形状、睾丸の固さなども正常である。以上要約すると、変形性脊椎症に基づく根性腰痛、頸部痛、右下肢痛及び陰萎等の症状が残つている。なお、脊椎全体の可動領域としては、躯幹の最大前屈時指床間距離一〇センチメートル程度で、その前屈前限は認められないが、後屈時は痛みのために著名な運動制限があり、側屈も痛みのため軽度の運動制限がある。
右症状は、西淀病院において昭和五五年八月一一日症状固定と診断された。
以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない
二 後遺症と本件事故との因果関係
ところで前掲証人小田義明、同大石昇平の各証言及び鑑定の結果によると、亡信夫には、レントゲン写真上明らかな腰部及び頸部の変形性脊椎症様の身体的変化が認められ、右は本件事故以前からの加齢による退行変性、本人の体質及び本人の仕事の性質上過去の重量物運搬等による脊柱への荷重の結果などの総和によるものと考えられるところ、同人には他に本件事故に起因する新たな骨折その他の外傷に基づく脊椎等の変形は存在しないが、同人の腰部痛等の後遺症は、本件事故が契機となつて発生したものと考えられること、同人に既存の脊椎の変形が無かつたものと仮定すれば、本件事故によつて誘発された同人の現症状はより軽症ですんだかも知れないけれども、これは判然としないこと、また、同人に右のような変形性脊椎症がある以上、本件事故に遭わなかつたとしても、今後何年間右症状に基づく腰痛等の発生を見ずに稼働することができたかは不明であること、以上の事実が認められ、本件全証拠によつても、本件事故が同人の後遺症の発生に対しどの程度の割合で寄与しているかを確定することはできない。
このように本件においては、後遺症の発生に対して事故がどの程度の割合で寄与しているか、換言すれば被害者の身体的変化ないし病的素因がどの程度の割合で損害を拡大させたかを証拠によつて確定できない訳であるがしかし、本件事故が契機となつて腰部痛等の症状が発生している以上、これら後遺症に対し、本件事故がその原因をなし、これと相当因果関係に立つものであることは否定することができない。しかして、本件における被害者の身体的変化ないし病的素因による影響という事情は、損害賠償の指導理念である公平の原則に照らし、損害評価の面において考慮するのが相当というべきであり、いまこれを本件についてみると、亡信夫の身体的特徴である脊椎の変形は、前掲証拠によるとその程度がかなり大きいものと認められるうえ、前認定のとおり同人には他に本件事故に起因するものと認められる骨の変形等がないことなどを考慮すると、右身体的変化の損害拡大部分に対する寄与度として、後記6のとおり、全損害額のうち五〇パーセントを減額し、残余の五〇パーセントを被告らに負担させるのが相当である。
三 損害額
1 治療費 二〇四万五四六二円
行岡病院 一八九万二三六〇円
前掲甲第一四号証、乙第五号証の一ないし五により認める。
岩橋クリニツク 一一万二八一〇円
前掲甲第九号証の一ないし二三、同号証の二五ないし三九、同号証の四一ないし五〇、第一六号証の一ないし一七により認める。甲第九号証の二四、四〇記載の金額は本件受傷に伴う治療との関連性が判然としないので認められない。
北野病院 五一四円
前掲甲第一三号証の二、三により認める。
大阪回生病院 一万五七八二円
前掲甲第一〇号証の一ないし一〇、第一一号証の一ないし四、同号証の六ないし二三により認める。甲第一一号証の五記載の金額は本件受傷に伴う治療との関連性が判然としないので認められない。
西淀病院 二万三九九六円
前掲甲第一二号証の一ないし四七、第一五号証の一ないし三により認める。
以上合計すると、標記の二〇四万五四六二円となる。
2 休業損害 四五〇万四七八九円
原告上田信夫、被告杣本靖二各本人尋問の結果、証人小田義明の証言及び前掲甲第六号証並びに弁論の全趣旨によれば、亡信夫は大正一三年一二月五日生の男子で、本件事故当時妻と二人で店舗を構えて酒類の小売業を営んでおり、自ら自転車に酒やビール等を積んで配達したり、店頭で来客の応待をするなどして稼働していたが、本件事故後は右足底痛のため連続して二〇分以上歩行することができなくなり、また腰痛のためにビールや酒びんなど重い物の運搬ができなくなつてしまい、そのため自らは店にいて来客の応待や配達の指示をし、注文取りは妻や息子が行い、また配達は息子が担当するようになつたこと、亡信夫は事故当日以来、行岡病院に通院して理学療法を主とする治療を受けていたが、その一方で、精神障害で他の病院に入院したり、また、他の病院で肝硬変の治療を受けたりしていたこと、ところが、事故の翌年の昭和五二年五月ころから、同人は腰痛のほかに勃起困難を訴えるようになつたが、右症状については心因的な原因によるものと診断されていたこと、同年八月ころからは他医で鍼治療も併行して受けるようになつたが、その後も同人の頭痛、肩痛、腰痛、勃起不全等の不定愁訴はこれまでと同じ様に続き、同年一一月二八日諸検査の結果神経症との診断が下されたこと、また、泌尿器科で陰萎の治療を受けていたが、治療効果を上げ得ないまま昭和五三年四月二一日右治療を中止したこと、一方医師は、昭和五二年一二月末ころから、亡信夫に対して日常生活を正しくし、かつ、就労するように何度も指示していたが、同人に積極的な生活態度は見られず、同人は神経症的な訴えを繰り返すばかりで、このような状態で昭和五三年一一月一四日同病院での治療を止めていること、以上の事実が認められるほか、前記一の2で認定したとおり、亡信夫は、北野病院、岩橋クリニツクはじめ大阪回生病院、西淀病院等でも治療を受けていた。
そこで、右認定の事実に、前記一の事実、すなわち亡信夫の傷害の部位、程度、内容、通院状況、後遺症の内容、程度を併せ考慮すると、事故当日から一年間の休業は平均してその六〇パーセント、その後症状固定と診断された昭和五五年八月一一日までの二年と二五九日間の休業は平均してその三〇パーセントの限度で、亡信夫にとつてやむを得なかつたというべきであり、しかして、亡信夫の具体的な収入額についてはこれを確定するに足りる的確な証拠がないから、同人の休業損害の算定に当つては、同人と同年齢の男子の平均賃金をもつて同人の収益とみるのが相当と考えられるところ、これを本件についてみると、昭和五一年度の賃金センサス、産業計、企業規模計、学歴計、男子労働者五〇歳ないし五四歳の年間平均給与額である三一八万八四〇〇円程度と評価するのが相当であると考えられるから、そうすると、本件事故と相当因果関係の認められる同人の収入喪失額は、次のとおり四五〇万四七八九円となる。
(算式)
三一八万八四〇〇×〇・六=一九一万三〇四〇
{(三一八万八四〇〇×二)+(三一八万八四〇〇÷三六五×二五九)}〇・三=二五九万一七四九
一九一万三〇四〇+二五九万一七四九=四五〇万四七八九(円未満切り捨て、以下同様である。)
3 逸失利益 七七万九三四八円
亡信夫には前記一の3認定の後遺症が残存しているところ、前記三の2に認定したとおり、亡信夫は店舗を構えて妻と二人で酒類の小売業を営み、本件事故に遭うまでは自ら自転車に乗つて商品の配達等を行なつていたが、事故後はこれができなくなつたこと、しかしながら、店舗に出て客の応待をすることは十分可能であつて、現にこれを行い、かつ、店にいて妻らを指揮していたこと等の事情にかんがみると、同人は平均して三〇パーセント程度の労働能力を喪失したと認めるのが相当である。
そして、亡信夫が昭和五六年六月一六日死亡したことは記録上明らかであるから、症状固定後、この間の逸失利益を月別ホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、次のとおり七七万九三四八円となる。
(算式)
三一八万八四〇〇÷一二×〇・三×九・七七七三=七七万九三四八
4 慰藉料 二〇〇万円
本件事故の態様、亡信夫の傷害の部位、程度、治療の経過、後遺障害の内容、程度その他諸般の事情を総合すると、慰藉料額は二〇〇万円とするのが相当である。
5 物損 認められない。
原告上田信夫本人尋問の結果及びこれにより真正に成立したものと認められる甲第八号証によると、亡信夫は本件事故後代金五万三〇〇〇円で自転車を購入したことが認められるが、一方前掲乙第一号証によれば自転車の損傷は左に曲つたハンドル部がすぐ復元できる程度であつたことが認められ(原告上田信夫の供述中、これに反する部分は措信できない)、他に自転車を購入することの必要性、相当性を認めるに足りる確証はない。したがつて、原告らのこの点に関する主張は認められない。
6 公平の原則による減額
前記二で説示した理由により、本件事故による全損害額のうち五〇パーセントを減額し、残余の五〇パーセントを被告らに負担させることとする。そうすると、前記1ないし5の合計額は九三二万九五九九円であるから、その五〇パーセントを減ずると、亡信夫の損害額は四六六万四七九九円となる。
第四過失相殺
前記第二の三の事実によれば、本件事故の発生については、亡信夫にも、自車道路が下り坂であるうえ、左右の見通しの困難な交差点に進入するのであるから、制動を十分にかけて減速し、安全な速度で進行することはもとより、交差点進入に際しては、交差道路から交差点内に進入してくる車両の有ることを予測し、車両の有無、動静に十分注意を払つて安全な速度と方法で進行すべき注意義務があるのにこれを怠つた落度が認められるところ、前記認定の被告杣本の過失の態様等諸般の事情を考慮すると、過失相殺として亡信夫の損害の三五パーセントを減ずるのが相当と認められる。
そうすると、前記第三の6の四六六万四七九九円からその三五パーセントを減ずると、亡信夫の損害額は三〇三万二一一九円となる。
第五損害の填補 一九万三八四〇円
被告杣本靖二本人尋問の結果及び前掲乙第三号証の一ないし九によれば、亡信夫は、被告らから右金額の支払を受けたことが認められる。
したがつて、前記第四の損害額三〇三万二一一九円から右填補分を差引くと、残損害額は二八三万八二七九円となる。
第六相続
本件記録によれば、亡信夫が死亡し、原告上田壽子外四名が亡信夫の損害賠償請求権を法定相続分に従つて次のとおり承継したことが認められる。
原告 上田壽子 一四一万九一三九円
同上田佳保、同上田憲正、同上田委代、同上田薫
各三五万四七八四円
第七弁護士費用
本件事案の内容、審理経過、認容額等に照らすと、原告らが被告らに対して本件事故による損害として賠償を求め得る弁護士費用の額は次のとおりとするのが相当である。
原告 上田壽子 一四万円
同上田佳保、同上田憲正、同上田委代、同上田薫
各三万五〇〇〇円
第八結論
以上の次第で、被告らは各自、原告上田壽子に対し、一五五万九一三九円及びうち弁護士費用を除く一四一万九一三九円に対する本件事故発生の日である昭和五一年一一月二七日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を、原告上田佳保、同上田憲正、同上田委代、同上田薫各自に対し、三八万九七八四円及びうち弁護士費用を除く三五万四七八四円に対する前同日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金をそれぞれ支払う義務があり、原告らの本訴請求は右の限度で正当であるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 川上拓一)